▲左から藤島医師、石川保健看護師、大川医師 |
豪雨災害時に活躍した実績に着目してMCSを導入
「茨城の豪雨災害のときにMCSが役に立ったという話を聞いて関心を持ったことと、学会で栃木県の医師からその有用性について話を聞いたのが導入のきっかけです」
と経緯を語るのは、在宅医療だけでなく千葉県の災害医療コーディネータとして安房地域を担当している大川氏。亀田総合病院の地域医療支援部では、鴨川市や安房保健所と密に連携を取りながら、災害対策準備を行なっているが、多職種間の情報共有方法については準備が十分にできていなかった。
安房保健所の松本良二所長が提唱する「地域包括ケアと災害医療対策の連動」という考え方に賛同している大川氏は、かねてより災害時に有効で安全なコミュニケーションツールの必要性を感じており、最適なツールがあればぜひ地域医療でも活用したいと考えていた。安房地域に少しずつ利用者が増えている段階だ。
▲亀田総合病院 在宅診療科部長・地域医療支援部長を兼任する医師の大川薫氏 |
在宅医療現場では、医師・看護師間の情報伝達ツールとして活用
外部とのコミュニケーションとは別に、亀田総合病院訪問診療チーム院内ではMCSがスタッフ間でも利用されている。電子カルテの先駆者として知られる“デジタル先進病院”において、MCSの優位性はどういうところにあるのだろうか。
「訪問診療チームでMCSが使われる理由はいくつかありますが、ひとつには、医師の動いている時間と看護師の動いている時間のズレです。急ぎでないものに関しては、写真や動画をアップして医師に声をかけておき、あとで見てもらうことができる。これがとても役に立っています」
そう話すのは亀田訪問看護センターの石川雄規保健看護師。MCS導入により個人情報の含まれる画像なども送れるようになり、コミュニケーションがスムーズになったという。1人の在宅患者を複数の訪問看護師で担当するため、MCSを使うことで看護師間の細かな引き継ぎの手間も軽減された。また、電子カルテの入力に比べて手軽に使えることもメリットだという。
「在宅医療チームのスタッフのほとんどがスマホでの利用だと思います。訪問先でも使えますし、操作も簡単なので」(石川氏)
▲亀田訪問看護センター 保健看護師の石川雄規氏 |
数は少ないが、患者家族がMCSグループに参加しているケースもある。
「もともと患者さまの様々な情報を医師のスマホに直接送ってくれるご家族ですが、セキュリティ上ちょっと心配だったので、MCS導入後、比較的早い段階で参加していただきました」(大川氏)
ただ、医師や看護師はすぐに対応できるとは限らないので、緊急の場合は電話してもらうということは事前に了承してもらった。それでも医療スタッフとつながっていることの安心感は大きい。この家族は患者の病状だけでなく、食事の内容、外出時の様子などまで、写真を含め頻繁にアップしてくれるそうだ。大川氏はこれが医師にとっては非常にありがたいと話す。
「訪問診療というのは、患者さまが安定している場合は1カ月に1〜2回で、1回につき、わずか30分程度しか診療できません。会えない時間が結構長いので、その間の様子を写真や動画で伝えてもらえることは、いろいろな意味で助かります」
その好例として、しばしば患者の普段の様子を写真に撮ってアップしてくれる訪問リハビリのスタッフの話をしてくれた。ある時、そのスタッフが寝たきりの患者が車いすで外出した時の写真をアップした。こうしたことはカンファレンスで報告されるが、やはり百聞は一見にしかず。写真を見て、外出したことで患者も家族もとてもいい表情になっていることが一目でわかった。このように医療者のケアで患者のQOLが向上していることを目の当たりにすれば、関わるスタッフ全員のモチベーションも上がるのだ。
最近では外来患者で訪問看護だけを利用しているケースが増えてきているが、亀田総合病院も例外ではなく、そうした患者のケアでもMCSでのコミュニケーションが役立っているという。例えば独居で認知症の外来患者で、薬の管理ができないため訪問看護師が入っているというケース。
「亀田総合病院では外来の医師が処方した薬は院内で受け取ることになるので、こうした場合、基本的には看護師が担当することになります。薬をきちんと服用しているかどうか週1回の訪問で確認し、難しい場合はカレンダーを利用する、薬箱を設置するなど、患者さまに合った方法で服薬できるようにします。その際に管理方法や薬の置き場所、減り具合などについてMCSでやりとりをしています」(石川氏)
このようなきめ細かい連携によって服薬アドヒアランスが向上、そのメリットを外来の主治医も享受できるわけだ。
医療の質の向上のために欠かせないビジュアル情報を簡単に共有できる
在宅診療科医長の藤島正雄医師は、在宅医療の現場におけるビジュアル情報の重要性を強調する。患者の状態を判断するには、言葉よりも写真や動画の方が格段に優れているが、MCSではタイムラインを振り返ることで経過の確認もできる。
「1人の患者さまに数多くのスタッフが関わるので、MCS導入以前は写真による経過観察など満足にできませんでした。訪問したスタッフが患者さまの承諾を得て個々のスマホで写真を撮ることはしていましたが、違うスタッフが撮って、その都度見せにきて、という繰り返し。それでは比較もままなりません。あるいは電子カルテに上げるという手もありましたが、手順が煩雑です。その点、MCSにアップすれば、バラバラに上がっている写真を時系列で継時的に確認できるので、病状が的確にわかる。しかも、どの端末からでも見られる。こうなってこそビジュアル情報は生きてくると思います」
と藤島氏。例えば自宅で抜爪の処置などをすることは珍しくないのだが、処置後の感染リスクが避けられない。そんなとき、傷の経過を看護師がチェックして写真をアップしておけば、処置した医師としては安心だ。包帯の巻き方を医師から看護師に指示することもあるという。また、自宅でのケア方法が言葉では説明しにくい場合も、写真1枚あればすぐに伝わる。さらに、藤島氏の場合はネイティブアプリを利用しており、スマホにプッシュ通知が届くたびに必ずチェックするので、迅速な対応が可能だ。
▲亀田総合病院 在宅診療科医長を務める医師の藤島正雄氏 |
「例えば誤嚥の患者さまのケースで、実際に噛んでもらった状況など、静止画ではわかりづらいものは動画としてアップしたことがあります。また、てんかんを疑うケースでは、看護師だけでは判断できないので、とにかく医師に見てもらうために動画を撮って上げたこともありました」(石川氏)
こうした動画はタイムラインで共有するほか、カンファレンスの際に見てスタッフ間で意見を出し合う、というふうに活用することもある。
一般的にMCSの活用事例では、異なる事業者との連携により「普段顔を合わせない人同士がつながった」という声をよく聞くが、亀田総合病院の場合は少し違う。院内で「普段顔を合わせている医療スタッフ同士がやりとりしている」という特徴がある。やりとりの中身はテキスト情報ではなくビジュアル情報がメインだ。そして多くの場合、そのビジュアル情報を病状の経過を確認するためのログとして活用しているというのも興味深い。
地域医療・災害医療におけるMCSの可能性に期待
亀田総合病院をはじめ安房地域にMCSを導入する医療機関が増えてきた今、これからの大きな課題は、いうまでもなく地域全体における多職種ネットワークの基盤づくりだ。その「準備」は整いつつある。
災害というと大きな脅威は地震と津波だが、これらはいつ起こるか予測できない。一方、日本でいちばん多いといわれる風水害は確実に訪れる災害であり、ある程度予測することもできるため、災害対策の「訓練」にもなる。その下地となるのはやはり地域包括ケアで、日頃から地域で多職種連携ができてさえいれば、災害時に必ずそれが生きてくると大川氏は考えている。
「在宅医療を受けている患者さまは様々な事業所と関わっているので、まずはそこでの安否確認が容易になります。例えば在宅酸素療法をやっている場合、台風などによって停電が起きると酸素ボンベを手配しなくてはならない。また、停電が長時間に及びエアマットがしぼんで褥瘡ができてしまったという例もある。こうしたとき、医師と訪問看護師だけでなく、介護士、ヘルパー、ボンベや介護ベッドなどの各業者といった関係する多職種で情報を共有できれば、素早く適切な対応ができるかもしれない」
災害が大きくなるほど様々なトラブルが同時に発生するため、短時間で大きなリソースを使うことになり、枯渇してしまう。これを回避するには多職種間の情報共有が不可欠で、そのためのツールになりうるMCSへの期待は大きい。
- 「地域包括ケアと災害医療対策の連動」という考え方から、災害時に有効かつ安全なコミュニケーションツールとしてMCSを導入
- 医師と看護師の対応時間がズレていてもコミュニケーションツールによって情報共有が可能となり、そのメリットは大きい
- 写真や動画といった”ビジュアル情報”を院内院外の多職種で共有することにより、医療の質が向上
取材・文/金田亜喜子、撮影/池野慎太郎
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