鹿児島県西部に位置する人口約2万8000人のいちき串木野市。市医師会では、在宅医療推進のために多職種連携を進めるべく2016年10月にメディカルケアステーション(MCS)を採用、今も着実にネットワークが広がり続けている。MCS導入時から積極的に運用に関わってきた訪問看護師の畑中勇二氏(いちき串木野市医師会立脳神経外科センター 訪問看護ステーションさくら管理者)に、これまでの取り組みについて、そして今後の期待について話を聞いた。
▲いちき串木野市医師会立脳神経外科センター 訪問看護ステーションさくら管理者を務める看護師の畑中勇二氏 |
- いちき串木野市医師会として2年前にMCSを導入、施設数50・アカウント数200
- 県内の他の5地区の医師会とMCS自由グループで連携して情報を交換
- アイコンはすべて顔写真にして"顔の見える関係"を重視
- 医師以外のスタッフもMCSの同意書を取得できるフローを整備して手続きを効率化
総合病院のない地域に、5年前に訪看ステーションがオープン
いちき串木野市は人口増減率-5.98%(2010〜2015年)、高齢化率33.00%(2015年)と、過疎化・高齢化ともに全国平均を大きく上回る地域のひとつで、この傾向は今後ますます進むと予測されている。そうした状況にあって、市内には総合病院はなく、市内の病院や診療所と市外の総合病院の両方で治療を受ける患者が多いという。自治体をまたいで治療を受けた場合、医療情報が一元化されにくく、何らかの無駄が出てしまうことは想像に難くない。「全国的に見て鹿児島県は、一人あたりの介護給付費も医療費も高い方ですが、いちき串木野市はその中でもさらに高い。同じ疾患や症状に対して二重に診療を受けているからではないでしょうか」(畑中氏)。この地域では介護する側の世代の流出や在宅医療の体制が整っていなかった背景などから、高齢者施設・住宅や老健、グループホームなど要介護者を受け入れる施設が多く、在宅看護・介護はなかなか地域に根付いていなかった。最近徐々に増えてきたとはいえ在宅医の数が十分とはいえず、ケアマネジャー(以下ケアマネ)も不足しているいちき串木野市だが、5年ほど前に医師会立脳神経外科センターに併設するかたちで訪問看護ステーションさくらがオープン。地域包括ケア整備への取り組みが進み始めた。
県医師会から市医師会へ、そして市内の各事業所に広がるMCS
「きっかけは、院長の"新しいモノ好き"です(笑)。先見の明があるんですよ」と語る畑中氏によれば、市医師会としてMCSを導入したのは2年前。MCSを推奨している鹿児島県医師会は、医療・介護ネットワーク整備事業に参加する郡市医師会を募った。そこで手を挙げたのが、いちき串木野市、薩摩郡、姶良地区、肝属郡、鹿屋市、出水郡の6医師会で、在宅医療・介護連携推進事業の一環としてMCSを導入する。
畑中氏が医師会立病院内の訪看ステーションの所属だったことと、IT機器の使い方に精通していることから、当時の医師会事務長と2人でMCS事務局を設置し、各医療・介護機関への普及に努めた。訪問看護師として仕事をする中で、畑中氏は在宅医療を進めるためにICTツールは不可欠だとの認識を深めていた。MCSの存在は以前から知っていたと言う。「ちょうど私の所属する事業所だけでもMCSを使ってみようかと考えていたところでした」と、県医師会からの話は渡りに船。市医師会として導入を決めると、畑中氏は精力的に動き始める。「こういう便利なサービスがあるから使ってみませんか?いつでも説明しに行きますよ」という具合に何カ所もの医療・介護機関へ足を運び、デバイスの整備から登録のサポートまで一手に畑中氏自身が引き受けた。
かくいう畑中氏自身、実際にMCSを使い始めるとその利便性は期待以上で、胸を張って周囲に勧められたという。「電話だと1対1の会話でしかないため多職種での情報共有は難しかった。医師に報告する際に、報告そのものは数分で済むが、患者優先の診療時間内では報告のためにロビーで長時間待つこともありました。それが今では電話は半分くらいに減り、ロビーで待つことはほとんどなくなりました」。
比較的スピーディに導入が進んだ背景には、もともと訪問看護師として様々な在宅の事業者と“顔の見える関係”だったことがある。また、鹿児島県医師会がMCSを推奨していたことと、市医師会が公式に推進していたために、周囲の信用が得られやすかったことも大きい。
同時期にMCS導入を始めた他の5地区の医師会とはMCS自由グループで連携があり、各担当者と県医師会スタッフが参加する報告会をこれまでに2〜3回開催し、MCSの運用状況などを共有している。現在も直接の交流を続け情報交換をする中で、他の地域の状況を知って参考にしたり、改めて自分の地域の特性に気づかされたりと、得るところは少なくない。例えば、ある地区では全てのMCSグループに必ずコーディネーターが入り、運用のサポートをしているという。もちろん、その有用性は認めるものの、いちき串木野市ではマンパワーの問題からそうした対応は現実的ではない。逆に、市の規模・医師会の規模が小さいことがフットワークの良さにつながるメリットがあるという。「他の医師会では組織の規模など事情があって思うようなスピード感で進まないケースもあるようですが、うちの場合は導入時に医師会からある程度、私に任せていただいていたので、物事が早く進められました」。現在では、医師会内の在宅医療・介護連携推進室に事務局を移しMCSの普及活動を継続している。
▲県内6医師会のMCSグループには各医師会職員を中心に20人以上が参加している |
畑中氏が自らの"足で"広めていった結果、現在、いちき串木野市では約50施設がMCSに参加、アカウント数は約200にまで増えた。市医師会のホームページにはMCSのページhttp://kushikino-da.jp/zaitaku/mcs/が設けられ参加施設一覧が掲載されているほか、マニュアルや各種書類のダウンロードもできるようになっている。
アイコンはすべて顔写真、誰もが同意書の取得ができるように
アカウント数を積極的に増やす一方で、在宅医療・介護連携推進事業の委員長でもある医師の花牟禮康生氏の協力も得ながら、畑中氏の所属する訪看ステーションの利用者から患者登録を進めていった。最初は医師と訪問看護師だけだった患者グループに、ケアマネ、デイケア・デイサービスのスタッフ、他の医療機関のスタッフなど、次々と関わる多職種が参加して輪が広がっていく。
この地区では「いちき串木野医療介護ネットワーク」という自由グループを作成し、多職種の登録者全員をメンバーとして招待している。そうすることで、患者グループにも招待しやすい環境となり、勉強会やイベントの告知といった情報の共有にも利用できる。「こういう仕事なので、顔を覚えてもらうことは大切」という畑中氏の持論もあり、所属する事業所スタッフのアイコンは全て顔写真だ。「結果、顔の見える関係ができてきました」。他のメンバーにもなるべく顔写真を載せるように促しているという。訪問看護ステーションさくらのスタッフは全員アプリ版を使用しており、「プッシュ通知があるので便利ですね。周囲の多職種の人たちにもアプリ版を勧めています」(畑中氏)。
▲特定のグループを探す時は「患者名ひらがな検索が便利」と畑中氏 |
看護師である畑中氏をはじめ、市医師会のネットワークでは介護職のメンバーがMCS利用に非常に積極的だ。他の地域において、ヘルパーが直接タイムラインに書き込みをするケースはあまり多くないのだが、ここでは2つの事業所のヘルパーがMCSに参加していて、「ちょっと痛みがあるようだ」など気になったことは積極的に書き込む。電話かペーパーしか連絡手段がなかった頃は、軽微な変化は、情報共有されずそのままになっていたこともあったし、介護職員から医師に直接伝えることは難しかった。それが、今ではヘルパーの書き込みに医師が"了解"ボタンを押す、ということも当たり前になりつつある。
医師以外のスタッフでも同意書の取得ができるようにしているのも、この医師会の大きな特徴だ。同意書の画像を添付して主治医に患者登録を依頼すると、その主治医が患者グループを作成し招待するという流れだ。医療機関に同意書の取得を依頼すると、そのやりとり自体が煩雑になるため、必要に応じて誰でも同意書が取得できるようにすれば手っ取り早い。「うちのステーションでは訪問看護契約の際にMCSの同意書も一緒に取得します。このやり方なら一度で済むので、患者や家族の負担が少なくなります」。
▲畑中氏が患者や家族から取得した同意書をそのまま添付して、医師に患者登録を依頼 |
導入から2年、介護職のスタッフが中心になって多くの患者グループで日常的にMCSが活用されるようになった。その活用例を一つ紹介しよう。
60歳代、女性、指定難病の患者グループには主治医、看護師、ケアマネ、薬剤師はもちろん、皮膚科医、歯科医、薬剤師、作業療法士、言語聴覚士、理学療法士、ヘルパーからレスパイト先の医師や看護師まで、実に42人のメンバーが参加しているというから驚きだ。この主治医は診察室にPCを置きMCSの画面を開いた状態にしているというほどで、かなり活発に利用している。サービスが提供される都度書き込みがあり、訪問看護師が写真付きで報告した皮膚症状に対して皮膚科医がコメント、医師が検査結果をアップしてインスリンの単位を変更、訪問看護師が残薬量を報告、レスパイト先の病院の連携スタッフが次回予定を連絡など、すべてのやりとりがMCSで行われている。「電話がとにかく減りましたし、記録に残る点もありがたい。昼間は訪問看護に出ているので、時間と場所を選ばず閲覧や書き込みができるのも助かっています」(畑中氏)。
▲検査結果を写真に撮り、タイムラインに添付して共有している |
▲レスパイト先の看護師による退院の報告。次回入院の予定も共有されている |
マネジメントも情報共有もケアマネ中心となるのが理想的
畑中氏は終末期の在宅看取りに関する患者の家族会議に同席し、意思決定の支援を行っている。会議での決定事項や本人・家族の思いはタイムラインにアップして多職種で共有しているといい、ACPの側面でもMCSが活かされている。「意思決定支援に関わるのは、通常は医師がメインで、あとは相談員、看護師くらい。普段から患者や家族と接することの多い介護職の人にその詳細情報はなかなか伝わらなかった。多職種での情報共有が必要だからこそタイムラインへの書き込みをするようにしました」。
あるとき、在宅看取りを希望する末期のがん患者の家族会議にケアマネにも同席してもらったことがある。畑中氏は、在宅ケアマネジメントの中心がケアマネなのだから、情報共有の中心もケアマネであってほしい、と想いを話す。「患者がどんなサービスを受けているか、一番よく知っているのはプランニングをしているケアマネです。だから、ケアマネが中心になってMCSで連携していくと、もっとうまく回っていくはず。使いこなすケアマネの中には"MCSってケアマネのためのツールだよね"と言う人もいます。自分の目で見るモニタリングだけではなくて、いろいろな職種からの視点で情報が上がってくるので、ケアプランを立てるときにもきっと役立つはず」。主治医が患者グループを作ってケアマネだけを招待したら、あとはケアマネが関連事業所のスタッフを招待する、という仕組みが理想的。そうなるためには、ケアマネにMCSを積極的に使用してもらうのが一番の近道だ。
ケアマネの数が不足しているいちき串木野市では、新規利用者(患者)の受け入れができないケースも出てきている。時期によっては、利用希望者が居宅介護支援事業所に電話をしても結果的にどこもいっぱいで受け入れができない状況もあった。そこで、ケアマネたち自ら状況を改善しようと7つの居宅介護支援事業所がMCSグループを作り、受け入れの可否などの情報共有を始める。今では電話を受けた事業所が受け入れできなくても、他の事業所を紹介できるようになった。
このように、ケアマネ自身の気づきからMCSが独自に活用されはじめている。ケアマネはMCS活用についてどのように思っているのか、聞いてみた。「訪問看護師が医療的な情報を書き込んでくれるので、細かいことまでわかって助かりますし、医療関係者にも質問しやすくなりました。写真がアップされていれば確認に行かなくて済むので、すごく楽になったのと、電話の回数は減りました。それに多職種チームとしてメンバーの意識が上がります」(いちき串木野市社協指定居宅支援事業所・和田麻美氏)。「私はあまり書き込みませんが、様々な情報を負担なく見ることができるので助かっています。医師がケアマネの言葉を見ていてくれるのがわかるのもいいですね」(えんでん内科クリニック居宅支援事業所・星原俊悟氏)。「入退院が多い利用者さんのケースでは、病院スタッフが入退院の報告をアップしてくれるだけで私が掛ける電話が5件以上減ります。文章を書くのが苦手なので例文があると便利かもしれません」(いちき串木野市社協指定居宅支援事業所・上夷ゆかり氏)
▲2018年12月に開催された「MCS座談会」には、約40人の参加者が集まり積極的に意見交換がなされた |
▲いちき串木野市医師会立脳神経外科センター |
いちき串木野市医師会では、現在の医療・介護者のMCS活用をより活性化させ、さらにネットワークを拡大していくことを目的に、去る12月某日にMCS座談会を開催。そこでもケアマネへの積極参加を呼びかけた。今後の課題のひとつに患者家族のMCS参加があるが、これについても畑中氏は前向きだ。患者や家族が参加するのに適したケースを見つけてトライし、少しずつ事例を積み上げていくことが大切だと考えている。
最後に、座談会のプレゼンテーションで印象的だった畑中氏の言葉を引用しておこう。「MCS活用による連携で在宅医療の限界点を上げる!」
取材・文/金田亜喜子、撮影/萩原睦
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