地域医師会が進める“患者との距離が近い”医療介護連携(島根県・益田市医師会)

島根県の西端、山口県との県境に位置する益田市は県内最大の面積を有するが、その大半を林野が占めている。自然豊かでのどかなこの環境は、大学病院が遠い、周辺地区へのアクセスが不便など、医療・介護サービスにおける厳しい要因にもなっている。市内で開業する医師の松本祐二氏(松本医院院長・益田市医師会副会長)は、医師と多職種との連携はもとより、医療・介護者と患者・家族がつながるツールとしてメディカルケアステーション(MCS)に着目し、約4年前から活用を続けている。この地域におけるICTツールの可能性や医師会としての取り組みなどについて松本氏に話を聞いた。

松本祐二氏(松本医院院長・益田市医師会副会長)と竹内節子氏(益田市医師会地域医療介護連携総括部長・看護師)
▲松本祐二氏(松本医院院長・益田市医師会副会長)と竹内節子氏(益田市医師会地域医療介護連携総括部長・看護師)

地域の特殊性ゆえ比較的早い段階から医療介護連携を推進

 前述の地理的環境に加え、益田市では少子高齢化傾向も強く、高齢化率は37.1%と全国平均を大きく上回っている(2019年1月現在)。こうした状況の中、市医師会は医療の地域完結を目指して1986年に益田地域医療センター医師会病院を設立。当初からこの地域の特殊性を踏まえ、医療・介護・リハビリの連携を視野に整備を進め、各居宅支援事業の開始、介護老人保健施設の開設、療養型病床群や回復期リハビリテーション病棟の設置など、段階的に体制を充実させてきた。2015年には在宅医療への移行を見据えて在宅医療介護連携・研修センターを設立、続いて設置された地域医療介護連携統括部を拠点に、多職種連携強化への取り組みが続けられている。
 市医師会の副会長として、こうした取り組みの中心的役割を果たしている松本氏は、この地で江戸時代から続く医師の家系を継いで約30年前に開業、地域に根付いた医療を実践する医師である。小児の外来診療から高齢者の訪問診療までカバーしているほか、保育園の嘱託医、小学校や高校の校医、地域の企業の嘱託産業医、老人ホームの嘱託医を務めるなど、その活動は幅広い。益田市の医療介護の現場を知り尽くしていると言っても過言ではないだろう。
松本祐二氏(松本医院院長・益田市医師会副会長)

患者とつながるメリットも重視し医師会としてMCSを導入

 松本氏が開業したのは携帯電話すら普及していない時代。訪問診療の機会が増え多職種と一緒に行動することが多くなると、どうしてもコミュニケーションツールが必要になり、紙の連絡帳(ノートなど)や電話など色々試した。ファクスが普及し始めたときは、それまで郵便で送っていたインフルエンザなどの流行の情報を一斉にファクス送信できないかと、医師向け連絡網を作ろうと奔走したこともあった。しかし結局どれもうまくいかず長続きしなかった。
 やがて時代は変わり様々なICTツールが世に出るようになり、最適なツールを探していた約4年前、松本氏はMCSと出会い「これなら使えそうだ」と導入を検討し始めた。ファクス連絡網以来30年ぶりの改革だ。「決め手はコスト面。他の連携システムは費用がかかったり、専用の接続機器が必要だったりしたのに対し、MCSは初期投資が必要ないので医師会単位でやってみようという話になりました」(松本氏)
 松本氏がMCSに魅力を感じたもう一つの理由は、患者・家族と直接つながれるという点だ。実は島根県では県医師会が推奨する『まめネット』という連携ツールがあるが、これには患者とつながる仕組みがない。そこで、MCSの"患者とつながる機能"を益田市医師会として活用したい、と島根県庁に出向いて説明し、島根県医師会の情報委員会ではテレビ会議の席上で承諾を得る。ようやくスタートにこぎつけた。

▲益田市地域医療センター医師会病院
▲益田市地域医療センター医師会病院

保険証の画像をMCSで共有、患者家族やスタッフの負担減に

 MCS導入当初、介護スタッフの間ではまだスマホ利用率が低かったため、まずは事業所のパソコンを使ってできるところから始めたが、事業所に戻らないとチェックできず即時対応が難しかった。今ではスマホの普及とともに活用の幅も広がっており、松本氏もアプリ版MCSをスマホで利用、いつでもどこでもチェックできる状態だ。診療前の朝、昼休み時、診療後の夜と、MCSの画面を開くのは1日3回という松本氏。そのほか診察の合間や移動中など、プッシュ通知に気づいた時はチェックする。多職種、患者や家族からの書き込みには必要に応じて返信、とくにルールは定めず、思い通りに「チャット感覚で」書き込むのが松本流だ。緊急時には電話を併用し、即時対応できるようにしている。

 松本氏が関わる患者グループには、松本医院の看護師、管理栄養士、事務職員などスタッフ全員が参加し、あとは必要に応じて訪問看護師、ケアマネジャー(以下ケアマネ)、訪問リハビリスタッフ、薬剤師などが入る。「私が忙しくて訪問看護師からの書き込みに返信していなかった時、うちの看護師が代わりに答えてくれたこともありますが、そういう場合は、必ず私も後から了解ボタンを押して、医師が確認済みであることを全員に伝わるようにしています。全スタッフで情報が共有できていると、そういう面でもとても助かります」(松本氏)。
 また、院内の「職場の情報共有」グループにも全スタッフが参加、特に重宝しているのが保険証情報の共有だ。患者の保険証を写真に撮ってアップしておくと、原本を預かったりコピーをとったりする必要もなく、医療介護スタッフが患者宅を訪れるたびに確認しなくても済むため、患者・家族の負担も減る。
 しかし、こうしたMCSでのメッセージのやり取りのしやすさを院外の医療者に伝えても「電話やファクスで十分」という意見も残る。こうした画像を使ったやりとりの便利な実例を周囲にアピールして、より多くの医師の間でMCSを広めていきたいと松本氏は考えている。「MCS導入前、スマホのチャット機能やSNSを使っている医師はこの地区で自分だけでした。そこからここまできているので今後も根気強く取り組みたい」(松本氏)

▲松本氏が忙しく返答できなかった際、医院の看護師が書き込んだケース
▲保険証の画像をタイムラインにアップ
松本医院
▲1982年継承・開業の松本医院。月〜土曜の外来診療のほか訪問診療にも随時対応する

MCSで多職種スタッフとのフラットな関係づくりを意識

 「嬉しいのは、親しくしている調剤薬局の薬剤師さんとMCSでつながったことです。彼は診療所から30km以上離れたところにある調剤薬局に勤務しているのですが、もともと顔の見える関係ができていたので誘ったらすぐに参加してくれました」と話す松本氏。この薬剤師とは自由グループで患者の薬剤情報について活発にやりとりをしているという。処方についてお互いに相談し合ったり、「おくすり手帳」の記載内容を確認したりと直接情報交換をすることで、正確な判断かつ迅速な対応を患者に提供することができる。
 注目したいのは、松本氏と薬剤師とのフラットな関係性だ。医師と直接コミュニケーションをとることは、看護師、薬剤師、リハビリスタッフ、ケアマネら多職種にとって"敷居が高い"とよく言われる。この地域でもそういった多職種が少なくないと松本氏は感じており「私としてはもっと多職種のスタッフたちに寄ってきてほしい」と話す。そんな多職種との関係性も、MCSを導入してから少しずつではあるが変化の兆しが見え始めた。以前は発信することを遠慮していたケアマネが、MCSでのやりとりを重ねるうちに、次第に松本氏とコミュニケーションをとることに慣れてきたという。実は、ここにも松本流コミュニケーション術があった。「MCSで、ちょっと愚痴を書き込めばいいんですよ。医師だって困っている時は正直に伝えれば、周囲の多職種も話しやすくなるでしょう」。

▲薬剤師とのやりとり。かなり具体的に報告が書き込まれている
▲ケアマネとのやりとりではショートステイの日程から家族の様子まで事細かに伝えられる

患者本人や遠隔地にいる患者家族とも積極的に交流

 MCSの導入にあたり、松本氏は当初より患者・家族と直接つながることを視野に入れていたという。というのも、この地域では高齢で独居の患者が多いからだ。「お子さんなどご家族が京阪神地区や東京に住んでいて、なかなかこちらには来られないという場合、連絡用にMCSをご紹介して、承諾いただいた家族には参加してもらっています」。こうした患者家族には、毎月の検査結果や普段の患者の様子、病状の写真などを適宜アップして見てもらっている。遠隔地にいる家族にとって、患者の様子が手に取るようにわかる画像情報は特にありがたいだろう。
 逆に患者・家族側から症状の写真がアップされたり、MCSで相談されたりすることもある。こうした直接のやりとりは従来の連絡方法だけではなかなかできなかったが、SNSに慣れている家族の場合、本当に気軽に、手軽にMCSを使ってくれるのがいいと松本氏は言う。「かつての患者と医者の関係というのは診察室か電話、常にリアルタイムでしかやり取りできなかった。けれどMCSを使うことで、私は診療が終わった夜間にチェックすればいいし、相手も都合のいい時間に対応すればいい。これはお互いに楽です」。患者や家族から相談する内容の書き込みがあった場合も、緊急を要する事態でなければ即答の必要はないので、患者グループの医療・介護者側タイムラインを使って多職種と相談して、結果を患者側タイムラインに書き込む。それだけで関わるスタッフにもそのやりとりが共有できるので一石二鳥である。

 外来の患者の中には、診療所から10〜20kmも離れた場所に住む人も少なくないため、簡単に「とりあえず診察に来てください」とは言えない状況だ。こうした地域特性から、松本氏としては少しでも多くの患者や家族にMCSを使ってほしいという思いがあるが、SNSを使いこなしている人ばかりではなく、デジタル機器への抵抗がある人など相手の状況は様々で、どうしても限界はあるという。しかし、例えば80歳近い高齢にもかかわらず、患者本人が自身の症状についてMCSを使って伝えてくれる例もあれば、遠方に住む患者の娘婿にあたる人と頻繁にMCSでやりとりをしたケースもある。
 前者は実は松本氏の高校時代の恩師で化学の先生。あるきっかけで診察は行ったが当初は別の主治医がつく予定だったところ、「MCSを使って在宅診療できるなら松本君に最期まで看てほしい」と要望され、それから本人とつながっている。化学の教師だったこともあってか79歳にも関わらずパソコンを使いこなし、体調の報告や相談などのメッセージが本人から直接送られてくるなどやりとりしている。
 後者は90歳代、男性、慢性C型肝炎・認知症患者のケース。サービス付き高齢者住宅に居住しており、亡くなる少し前に病院に移ったケース。足の様子、食事の状況、検査結果から訪問看護の予定表まで、写真も多用しながらMCSでこまめに情報を共有していた。「先生と直接やりとりできるから助かる」と家族も積極的に活用し、患者が亡くなった今でも交流を続けているという。このような患者・家族との密なつながりは、従来の電話やファクスで、メールだけでは難しかっただろう。SNSならではの"気軽さ"が患者と医師との距離を縮めるのかもしれない。

 松本医院では小児の外来患者も多く抱えているが、小児の親たちともMCSでつながりたいと松本氏は考えている。例えば診療所から遠く離れたところに住む共働き家庭では、子供の具合が悪い時に仕事を休んでまで診察に連れて行くかどうかは悩みどころだ。こういった場合にMCSで松本氏に直接連絡してくれれば、まず自宅から様子を伝えてもらいアドバイスすることが可能となる。「簡単なSNSに慣れ親しんだ若いお母さんたちには、今後はQRコードを利用した手軽な招待方法を使ってMCSを広めていきたい」(松本氏)。

▲松本氏の恩師である患者からのメッセージ。新年のあいさつに自身の症状を書き添えて送られてきた
▲遠方に住む患者家族とのやりとり。患者が入院先の病院で亡くなる少し前に松本氏が病院を訪れたことがわかる

医師会全体に広めるために、現場スタッフからの発信を促す

 医師会としてMCS活用による多職種連携を推進しようとスタートしたものの、ICTに抵抗のある医療介護者も少なからずいるのは事実で、当初、そうしたメンバーにはさほど積極的に参加の説得はしてこなかった。"無理強い"はできるだけ避け、MCSを使っている医療介護者が機会あるごとに便利さを伝えていくうちにだんだん広がるだろう、というスタンスだ。しかし最近、松本氏はそのやり方に限界を感じるようになってきた。
 市内の医療介護スタッフなら誰でも参加できるMCSの「医療・介護つたえるねっと」という自由グループを作成し、2019年1月現在52名の参加者がいる。登録だけして実際は使えていないというメンバーもいるが、このグループの参加メンバーを中心に研修会を開催し、メンバー以外にも積極的に啓蒙していこうと取り組んでいるところだ。「実際に顔を合わせる機会を設けないと、こうしたツールのメリットもなかなか伝わらない。医師会の理事会でもグループを作っていますが、うまく活用できていないのが実情です。医師発信では広がりにくいことがわかってきたので、これからは訪問看護師やケアマネといった現場のスタッフにもっとMCSを使ってもらって、便利さを広く発信してもらおうと考えています」(松本氏)
 益田市内の医療と介護全体の連携を進めるため、中心となって動いているのが医師会の地域医療介護連携総括部長で看護師の竹内節子氏だ。「今は患者さんに関わる業務をしていませんが、医師会の『つたえるネット』に入っているメンバーとのやりとり、研修会の告知などをMCSで行っています。実際に多職種の人たちと接する中で、MCSを使っているスタッフから"とても便利だから、もっと広く皆さんに使ってもらいたい"という声をよく聞きます。研修会は今年度2回開催していて、いま3回目を企画しているところで、『つたえるネット』に入っていない多職種の方々にも広く呼びかけています」(竹内氏)

後列右から岩田美千代氏(ホームヘルプ事業所主任)、山根由美子氏(訪問看護師)、田村千絵氏(訪問リハビリ、理学療法士)、渡辺久美子氏(訪問看護師)、福原陽子氏(訪問リハビリ主任、理学療法士)、下津真裕子氏(ホームヘルパー)、田原伸子氏(ホームヘルパー)、青木ゆかり氏(ホームヘルパー)。前列右から竹内節子氏(地域医療介護連携統括部長、看護師)、三浦陽子氏(島根県立石見高等看護学院専任教師・研修中)、品川幸子氏(訪問看護師)、齋藤貴美子氏(訪問看護ステーション主任、認定看護師)
▲後列右から岩田美千代氏(ホームヘルプ事業所主任)、山根由美子氏(訪問看護師)、田村千絵氏(訪問リハビリ、理学療法士)、渡辺久美子氏(訪問看護師)、福原陽子氏(訪問リハビリ主任、理学療法士)、下津真裕子氏(ホームヘルパー)、田原伸子氏(ホームヘルパー)、青木ゆかり氏(ホームヘルパー)。前列右から竹内節子氏(地域医療介護連携統括部長、看護師)、三浦陽子氏(島根県立石見高等看護学院専任教師・研修中)、品川幸子氏(訪問看護師)、齋藤貴美子氏(訪問看護ステーション主任、認定看護師)
 最後に、益田地域医療センター医師会病院の現場で働く多職種スタッフの声をいくつか紹介しよう。
・「新しいツールを使うということで、最初はMCSもちょっと面倒だなと思いましたが、松本先生から招待があって、一人ずつ利用者が増えていきました」(看護師・齋藤貴美子氏)
・「以前は報告書を定期的に提出していましたが、今は報告書に加え、トピックスをMCSで伝えています。装具をつけているところや訓練内容などを画像でアップすることもあります」(訪問リハビリ・福原陽子氏)
・「モニタリングの訪問で月に1回患者さん宅へ行くので、その時の問題点や意見などをMCSで共有しています。途中から関わったスタッフも過去のタイムラインを見ればこれまでの状況がわかるので便利です」(ケアマネ・齋藤哲子氏)
・「パーキンソン病の患者さんの介護者である奥さんの調子が悪くなっているのを訪問看護師が気づいてMCSに状況を共有したところ、松本医院の看護師から”奥様に来院するよう伝えてほしい”と指示があり、松本先生の判断で患者さんがレスパイト入院した事例があります」(看護師・品川幸子氏)
・「MCSは医師に直接伝えることができるので、スムーズに話が伝わりストレスがなくなりました。第三者を通すと、話がストップしてしまったり、ニュアンスが伝わらなかったりすることがあるので」(看護師・渡辺久美子氏)
・「松本先生が保険証をアップしてくれてとても助かっています。通常5つの部署や施設がそれぞれ確認していた作業が不要になりました。患者家族の負担も軽減されます」(訪問リハビリ・福原陽子氏)

 ICTツールの有効活用によって医療介護全体の連携をより深め、患者との距離をさらに縮めるために、益田市医師会と松本氏はまだまだ歩みを止めない。

取材・文/金田亜喜子、撮影/Go Nishimura

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